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能登半島被災地支援へ!輪島市の仮設住宅に物資(後編)

企画

「朝市のリアルな燃え具合を見ることで、理解を深められたと思っている」(大学4年生)

「火災現場を見たときに胸が痛かった」(社会人)

「想像を絶する光景、そのような表現すらも陳腐に響くような光景」(大学4年生)

前編はこちら)仮設住宅での支援物資のお届け活動を終えて、火災で焼失した輪島朝市の通りの街並みを見学してきました。

Googleストリートビューでみた2019年9月の朝市通り
Googleストリートビューと同じ地点の2024年4月21日の画像

穴水町から輪島市内向かうにつれ地震の被害が大きくなっていくことが実感され、市内に入ると道路の凸凹が激しくなり隆起したマンホールもみられ、全壊家屋の数も一段と増えたことに驚くばかりでしたが、輪島朝市通りに入った途端、焼失した街の姿をみて一同、息を飲みました。まるで空襲の跡と見紛うような有様でした。

焼けた自動車も多数見えました。

燃え方があまりに激しく、自動車のフロントガラスが溶けている様子もみえました。あぶみ史朗(鎧しろう/日本共産党)輪島市議会議員さんから、最初にお聞きしたお話で、金庫にいれていたお札が燃え尽きたというのは、この様子をみて納得しました。

私たちは、ショックを受けながら、帰途につきました。日本共産党と民主諸団体で運営している「能登半島地震被災者共同支援センター」(羽咋市)に立ち寄り、配りきれなかった支援物資を荷卸し、感想を交流した後、富山に向けて車を走らせました。

参加された人の感想の一部です。

3ヶ月以上経ってもなお復興がなかなか進んでおらず、3.11の時との違いを説明されて、確かにと納得した部分と、災害時における諸手続きの簡略化ってもう少し進めたほうが負担にならないと思いました。自然災害時における備えも構えも不足していた様に感じました。行政、政治が果たすべき役割は重いし、大切。支援物資を喜んで持っていかれるのを見るとよかったとほっとしました。「次はいつ来る?」と言われたのも印象に残っていて、今後も継続できたらと思いました。(社会人女性)

今日初めてボランティア活動に参加しました。今後も同じようなボランティア活動に参加したいと思うとともに、被災地に訪れた際は助け合いの姿勢を尊重し、被災地の方々の話をきちんと聞きたいと思いました。(大学1年)

「現地のリアル」を知ることができた。私は今日、このボランティアに参加するまで、現地のリアルについて、自身の目や耳で何かを聞いたわけではなかった。しかし、今回のボランティアで、「1500万円」がなくなった話や、朝市のリアルな燃え具合を見ることで、リアルについて理解を深められたとおもっている。(大学4年)

ニュースで見た以上に能登地震の被害状況がひどく、朝市の火災現場を見たときに胸が痛かった。まだまだ復興には程遠いのに仮設住宅に入居した人の支援がないことには驚きと怒りが出た。物資を届けるだけだったが、「嬉しい」「ありがとう」と喜んでもらえて、ここまで足を運んで良かったと思った。また、能登復興に微力でも力になれるよう、ボランティアに参加したい。(社会人)

想像を絶する光景であった。そのような表現すらも陳腐に響くような光景の中でも人々は強かに生きており、被災地の人々を励ますつもりが、ある意味ではむしろ励まされた気がした。同時に、東日本大震災の便乗犯罪や関東大震災をはじめとして震災には人的な二次災害が枚挙にいとまがなく、それを未然にふせぐための呼びかけも必要になるのではないかと思った。(大学4年)

ブルーシートの多さと見えない被害をも想像し、痛感した。まだまだ支援必要なのも、改めて理解できて、大変疲れましたが、その分被災地に協力ができた達成感はありますが、また復興途上、また行って支援をし、出会いと対話をもっとしていきたいと感じることができました。(社会人)

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