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資本主義を乗り越えた社会とは。社会主義は国有化ではない

企画

3月19日に行われた第3回「マルクス『資本論』で資本主義を読み解く」のテーマは、「中国はマルクスの目指した社会ではなかった」でした。

坂本洋史(日本共産党富山県書記長)が今回も話題を提供。

そもそも社会主義とはどいうことなのかー

資本主義以前の社会では、農民が生産手段(土地など)を共同所有していたのに、それを資本家が取り上げたために(資本家が占有)、農民は農業労働者として働くようになったり、都市に工場労働者として暮らさざるをえなくなりました。自分たちの判断で使える生産手段を持たなくなった労働者たちは、資本家の指揮命令のもとで働かざるをえなくなります。
資本主義では生産手段を資本家が所有しているため、生産の主導権は資本家にあります。資本の論理は、利潤獲得のために果てしない生産拡大の追求が起こり、労働者の搾取強化(長時間労働、過密労働)や資源の浪費が生じます。これがエンドレスに続いていけば、人間も自然も破壊されてしまうのです。マルクスは「人間と自然の物質代謝」が撹乱されると表現しました。まさに今日の地球規模に起きている課題ですが、これを解決するには、資本主義的生産のあり方をどこかで終わらせないといけないのです。
それはどのような変革か?・・・一言で言うと、封建制から資本主義に移る際に農民・勤労者の手から奪われた生産手段を、再び人々の手に取り戻す=「生産手段の社会化」を成し遂げることです。その際、生産手段の社会化というものは、ソ連などで失敗した官僚的な国有化ではなく、文字通り人々が「生産の現場で主人公」になるような「社会化」が必要です。
この視点でみると、中国はマルクスの目指した社会=社会主義・共産主義ではなかったということも明瞭です。
民主主義の発達度合いという点から見ても、中国のような一党支配という体制が社会主義・共産主義とは本質的に相容れないものです。
なぜなら、そもそも資本主義というのは、封建制のいわゆる身分制度を乗り越えて、人々の自由や平等という人権が大きく獲得される中で発展するものです。自由競争、等価交換という市場機能が人間の平等性を求めているからです。普通選挙制度の獲得など、人民が自らの手で国の進路を選び取れるような制度的改革も漸進的に行われてきたのが資本主義社会でした。その資本主義をのりこえて、より自由や人権、民主主義を発展させていくのが社会主義・共産主義の社会だからです。
日本共産党の綱領では、中国が社会主義ではないということを明確にしています。もちろん、ソ連の社会についても20数年前(1994年の第20回党大会)に、「社会主義でも何でもない社会だった」と明確にしてきました。
マルクスが想定した社会主義・共産主義の変革とは、資本主義の発展のなかで生産力や科学技術が急速に発展すると同時に、資本主義的生産そのもの(飽くなき利潤追求が生産の動機となっているあり方)が、社会発展・生産性向上の桎梏(しっこく。足かせのこと)となってしまっている問題を解決するための改革にあるのです。
日本共産党は2018年の党大会で、本来の社会主義・共産主義への道は、発達した資本主義国において歩み始めることが大道なのだとして、日本での資本主義をおわらるたたかいの意義と困難性を明確にしました。
つまり、アメリカや日本、その他先進国と言われるような資本主義社会のなかでこそ、社会主義の変革がおこなわれるのが自然なのだということです。

中国は共産党が支配している国だから、日本共産党のめざす社会もそんな社会なのか、全体主義ではないかといった誤解がありますが、そうではないと言うことがわかります。本当の社会主義・共産主義の道をそれて、まったく違うものになってしまったのが中国社会だということです。

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