5月27日、民青富山は、日本共産党の行った能登半島復興ボランティアに同行しました。ボランティア隊は総勢12名、ワゴン車や軽トラに分乗し、早朝、富山県内数か所から能登に向けて出発しました。
まず向かったのは、羽咋市の「能登半島地震被災者支援センター」。スタッフから事前のレクチャーを受け、珠洲市の正院小学校の仮設住宅に向かいます。
私たちはジップロックに入れたお米を持っていきましたが、スタッフの方は、「被災地の方々は、紙袋に入れたお米のほうが喜ばれます」とお話しされていました。そこまで丁寧に考えて物資をお届けしているのだな、と感銘を受けました。

前回訪問した輪島市も甚大な被害に驚きましたが、珠洲市はそれと比較しても家屋の崩壊は著しく、不自然な傾斜、隆起したマンホールに我々はただ息をのむことしかできませんでした。景観は多少元に戻っても、そこに人が戻ってくるにはあまりに長い月日を経ることになるのは明らかでした。



仮設住宅では、トラックに積んだコメや飲料水、生活用品などをお渡しするだけではなく、お困りごとや、行政に対する要望などをお聞きしました。参加者で二人一組の組を作り、最小限の物資を持って、一軒一軒お訪ねしました。


被災者の方々からは、「水・光熱費が高い」「2年でここを出なければいけない、あてがない」「台所がIHなので魚が焼けない」といった実情を伺いました。ある高齢のおばあさんに、追加で必要な物資があれば集会所まで取りに来てくださいと伝えたら、歩けないので難しいと言われました。そこで、私たちで改めておばあさんの部屋までお届けする場面もありました。翌日同所で行われるイベントで使うテント張り作業に人手が足りないとのことでしたので、私たちもお手伝いしました。そこではお茶会が行われるそうです。

被災者の方々は、突然の地震に生活を脅かされ、その心労は計り知れません。同時に、仮設住宅は開設されてから三か月余りが経ちました。そこにはたまたま集まった人たちによる独自のコミュニティがあり、皆気丈に振舞っていると感じました。昨月訪れた輪島でも、今回訪れた珠洲でも、私たちが逆に被災者の皆さんに励まされた気がしました。
(前編終わり)
後編は参加された皆さんの感想や今後の取り組みについてお伝えします。


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